今、日本企業が再考すべき「雇用の維持」

1. 今こそ、「雇用の維持」再考のとき
現代の日本企業において、長年にわたり根付いてきた「雇用の維持」は、今まさにその本質的な意味と未来を再考すべき岐路に立たされています。終身雇用制度に代表されるこの慣行は、かつては企業の成長を支え、従業員に安心感を与えてきましたが、グローバル化と技術革新が加速する現代においては、その硬直性が企業の競争力を阻害する要因ともなりかねません。本稿では、人材紹介のプロフェッショナルとして、この「雇用の慣行」が日本企業にもたらした影響、そして今後あるべき姿について、具体的な事例を交えながら深く掘り下げていきます。激変するビジネス環境の中で企業が生き残り、成長していくためには、もはや従来の「雇用の維持」という概念に囚われているわけにはいきません。
2. 日本企業、「雇用の維持」の歴史と現状
日本企業が長年取り組んできた「終身雇用」は、戦後の高度経済成長期において、企業の安定的な成長を支える強力なシステムとして機能してきました。新卒一括採用、年功序列、企業内教育といった要素が組み合わさり、従業員は企業への帰属意識を高め、長期的な視点での人材育成が可能となりました。しかし、バブル崩壊以降、経済の低迷とグローバル競争の激化により、このシステムは維持が困難になり始めました。リストラの増加や、若年層の非正規雇用拡大は、終身雇用という慣行の綻びを示しています。それでもなお、多くの企業では、安易な人員削減を避ける傾向が強く、事業再編の遅れや新陳代謝の停滞を招いているのが現状です。
3. 「雇用の維持」と「解雇」その条件
雇用を維持することが困難になった場合、企業は解雇という選択肢を検討せざるを得ません。日本の労働法では、解雇は非常に厳しく規制されており、その種類は大きく以下の3つに分けられます。
- 普通解雇: 従業員の能力不足や病気など、個別の事情に基づく解雇です。客観的かつ合理的な理由が必要とされ、社会通念上相当であることが求められます。
- 懲戒解雇: 従業員の重大な規律違反や犯罪行為などに対する懲罰としての解雇です。就業規則に明確な懲戒事由が定められている必要があります。
- 整理解雇: 企業の経営悪化など、事業上の理由による解雇です。この場合、「人員整理の必要性」「解雇回避努力義務の履行」「人選の合理性」「手続の妥当性」という4つの要件(「整理解雇の4要件」)を満たす必要があります。
特に整理解雇は、日本の慣行として「最後の手段」と位置づけられており、企業は最大限の努力をもって解雇を回避する義務を負います。この厳格な解雇規制が、ともすれば「雇用維持」という概念を、事業の非効率性を温存する方向に作用させてしまうことがあります。
4. 「雇用の維持」への大きな「勘違い」
「雇用の維持」という概念が、ともすれば「ヒトありきで競争力のない事業を温存する」という“勘違い”を生むことがあります。本来は事業ありきで人的リソースの最適な再配分を行うべきなのですが、日本の慣行では、従業員の雇用を守るために不採算事業を継続してしまうケースが散見されます。
具体的な事例を3つ挙げましょう。
- 事例1:斜陽産業における技術者の囲い込み: かつて隆盛を極めたある製造業の企業は、市場の変化に対応できず、主力製品の需要が激減しました。しかし、長年培ってきた技術を持つベテラン社員の雇用を守るため、採算の合わない旧来の製造ラインを維持し続けました。結果として、新たな成長分野への投資が遅れ、企業全体の競争力が低下し、最終的には大規模なリストラを余儀なくされました。
- 事例2:新規事業への人材シフトの遅れ: ある大手電機メーカーでは、既存の家電事業が低迷する中、新たなITサービス事業への転換を図りました。しかし、既存事業部門の人員を温存するあまり、新規事業に必要なIT人材の採用や社内での配置転換が滞り、結果として事業立ち上げに失敗。市場のニーズに迅速に対応できませんでした。
- 事例3:本社部門の肥大化と非効率: 複数の事業部を持つある企業では、各事業の売上が伸び悩む中でも、間接部門である本社の人員を削減することなく維持しました。結果として、組織の意思決定が遅くなり、各事業部の迅速な判断を阻害。本社コストが収益を圧迫し、全体として非効率な経営が続きました。
これらの事例が示すように、安易な「雇用の維持」は、企業の競争力低下を招き、結果としてより多くの雇用を失うリスクを高めてしまいます。
5. リストラの本質
日本では「リストラ」という言葉が、「人員解雇」という意味合いで使われることが多いですが、その本来の意味は「リストラクチャリング(Restructuring)」、すなわち「事業の再構築」というポジティブな意味合いを持ちます。企業が持続的に成長していくためには、事業ポートフォリオの見直しや組織体制の最適化を常に図る必要があります。
例えば、ある自動車部品メーカーは、EV化の波に対応するため、従来のガソリン車部品の生産を縮小し、EV関連部品の開発・製造に経営資源を集中させることを決定しました。これに伴い、一部のガソリン車部品製造に携わっていた従業員を、社内のEV関連部門へと配置転換したり、外部のEV関連企業への再就職支援を行ったりしました。これは単なる人員削減ではなく、企業の未来を見据えた事業構造の転換であり、結果として新たな雇用を生み出し、企業の持続的な成長を可能にする「ポジティブなリストラ」の好例と言えるでしょう。
6. 市場横断的な「雇用の維持」
今後必要な「雇用の維持」は、もはや社内での雇用維持に限定されるべきではありません。むしろ、市場での、業界での、職種での、市場横断的な人的流動化を伴う雇用維持こそが、これからの日本の企業と社会を強くする鍵となります。
新規の事業が生まれ、新しい企業がスタートアップする。そこには、まだ他の企業(伝統的と言われる企業を含む)で、充分にスキルを活かしきれていない人材や、新たな活躍の場を求める人材を必要としている事業があります。
例えば、ある伝統的な消費財メーカーで長年、複雑な流通経路の管理や営業戦略の立案を担ってきたベテラン社員がいたとします。その企業では、EC販売へのシフトが急速に進み、従来の対面営業や卸売チャネルでの経験だけでは、今後のキャリアパスが描きにくくなっていました。しかし、彼らが持つ「顧客との折衝能力」「課題解決力」「プロジェクトマネジメントスキル」といった汎用性の高い能力は、様々な業界で求められています。
このような状況で、そのベテラン社員が、例えば急成長中のD2C(Direct to Consumer)アパレルブランドでサプライチェーンマネージャーとして、あるいはSaaS企業でカスタマーサクセス担当として、自身の経験とスキルを活かして活躍の場を移すことは、単なる個人のキャリアチェンジに留まりません。それは、社会全体で見れば、「潜在的な人的リソースの最適な再配置」であり、結果として社会全体の生産性を高め、新たな価値創造を促進することに繋がります。
別の例を挙げましょう。地方銀行のM&Aや店舗統廃合によって、多くの中間管理職が、これまでの役職や業務内容を見直さざるを得ない状況に直面するとします。彼らは、長年の銀行業務を通じて、財務分析能力、リスク管理能力、コンプライアンスに関する知識、そして何よりもチームマネジメント能力を培ってきています。一方で、事業拡大を目指すスタートアップ企業や、地方創生に取り組むベンチャーキャピタルでは、これらのスキルを持つ人材がまさに不足しています。地方銀行を離れた中間管理職が、これらの成長企業でCFO(最高財務責任者)補佐や事業企画の要職として活躍することは、まさしく「市場横断的な雇用の維持」であり、個人のキャリアの継続だけでなく、新たな産業の発展を力強く後押しすることになります。
個々の企業が「社内の雇用維持」に固執するのではなく、市場全体で最適な人的リソースの再配置を促進していくことこそが、これからの日本における「真の雇用維持」の姿であり、社会全体の活性化に繋がるのです。
7. 価値観の変革
この雇用慣行の変化を起こすには、まず、我々親世代、そしてビジネスパーソン一人ひとりの頭の中の価値観を変えるべきです。学校の先生方も含め、これまでの「良い学校(偏差値に基づく)」、「勉強しろ」の意味合い(思考力や創造力、想像力や課題解決力を補って)を再考し、子供たちに教えるべきです。
科目別の情報の丸暗記とアウトプットを「勉強」とは呼びません。真の学びは、自ら問いを立て、深く思考し、新しい価値を創造する力です。また、「良い会社に入れば良い人生」といった固定観念も捨て去るべきです。大学のブランドだけで将来が決まる時代は終わりました。
子供たちには、自分の力で生きていく力を養わせることが何よりも重要です。これからの若者に必要な力は、以下の3つであると私は考えます。
- 1. 変化適応力(Adaptability): 予測不能な未来において、新たな状況や環境に柔軟に対応し、自ら学び、成長し続ける力。
- 2. 問題解決力(Problem-Solving Skills): 複雑な課題に対し、論理的に考え、創造的な解決策を見出し、実行する力。
- 3. 協働力(Collaboration Skills): 多様な背景を持つ人々と協力し、共感しながら目標達成に向けて力を合わせる力。
これらの力は、単なる知識の有無を超えて、個人が自律的にキャリアを築き、社会に貢献していく上で不可欠な要素となります。
8. 未来への提言:新たな「雇用の維持」へ
「雇用の維持」という慣行の再定義は、決してネガティブなものではありません。むしろ、それは日本社会全体に明るい未来と、皆がハッピーになる可能性をもたらすものです。
企業は、市場の変化に迅速に対応し、事業を柔軟に再構築できるようになります。これにより、競争力を高め、新たな事業や雇用機会を創出することができます。従業員は、特定の企業に縛られることなく、自身のスキルや適性に応じて、より成長できる場や、よりやりがいを感じられる仕事を選択できるようになります。これは、個人のキャリア形成の自由度を高め、エンゲージメントの向上にも繋がるでしょう。
社会全体としては、人材の流動性が高まることで、必要な場所に適切な人材が供給され、全体としての生産性が向上します。新規事業が次々と生まれ、イノベーションが加速し、経済全体が活性化する。これは、誰もが自身の能力を最大限に発揮できる、ダイナミックで豊かな社会の実現に他なりません。
私たち人材紹介会社は、この変革期において、企業と個人の最適なマッチングを支援し、円滑な人的流動化を促進する役割を担っています。企業には、未来を見据えた戦略的な人材ポートフォリオの構築を、個人には、自身の市場価値を認識し、主体的にキャリアをデザインすることを提言し続けます。
この新しい「雇用の維持」が根付いた先に、日本はさらなる発展を遂げ、世界をリードする存在として輝くことができると確信しています。